#  シティーカード    クリスマスマーケット    パンフレットの注文    エージェント研修旅行    日本のメディアでの紹介記事    連絡先    刊記    パートナー   
???ドイツ歴史古都連盟  
ホームアウグスブルグエアフルトフライブルクハイデルベルグコブレンツマインツミュンスターオスナブリュックポツダムレーゲンスブルクロストックトリアヴィースバーデンヴュルツブルク
 歴史 
ぜひ訪れたい場所 
 レストラン 
 テクニカルビジット(視察) 
 イベント 
 フォトギャラリー 
 アクセス 
 連絡先 
 

連絡先

Regio Augsburg - Tourismus GmbH

Schießgrabenstr. 14

86150 Augsburg

Germany

Phone +49-(0)821-5 02 07-0

Fax +49-(0)821-5 02 07-45

tourismus[at]regio-augsburg.de

www.regio-augsburg.de

 

 
  散策

市庁舎とラートハウス・プラッツ

 アウグスブルクは、神聖ローマ帝国の町として承認をうけた帝国自由都市。市庁舎のファサード(装飾がほどこされた建物正面)には、帝国の紋章「双頭の鷲」が金地に黒で描かれている。市庁舎と向かい合って、広場にローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの像がたっている。

 市庁舎はこの町の出身である建築家エリアス・ホルが、17世紀に設計、建設した。第二次世界大戦で破壊され、再建されている。かっての商人の栄華をしめす「黄金の間」は、町が中世いかにさかえたかを物語る。

 ラートハウス・プラッツの広場から南(市庁舎に向かって右)に、マクシミリアン通りと2つの通りが一直線につながっている。商業の神マーキュリー、ギリシャ神話のヘラクレスの像がある。通りには有名なフッガー家の建物がある。16世紀にヤコブ・フッガーが3つの建物を買いとり、フッガー宮殿とよばれる間口69メートルの豪邸とした。邸宅は第二次世界大戦の爆撃で破壊されたが、4つあった中庭の1つダーメンホーフ(貴婦人の中庭)は再建された。ルネサンス様式の大理石の柱廊と柱頭をかざる壁画がうつくしい。通りに面してフッガー個人銀行になっている。フッガーは皇帝と親しい関係にあったので、表の木の扉には帝国の紋章「双頭の鷲」が描かれている。紋章は銀行の営業が終り、扉が閉ざされてからでないと見ることができない。銀行のガラスの扉には青と黄色で1つずつ、フッガーの家紋のユリが描かれている。銀行からすこしいくと壁に表示板があり、マルティン・ルターがこの建物内でローマ教皇の審問をうけたことが記されている。

 

フッガライとモーツアルト

 「都市の中の都市」あるいは「世界最初の福祉施設の住宅」とよばれている居住区。豪商ではあったが、フッガーは貧しい人々のためにも惜しみなく金をつかった。4つの門があり、建物が整然とならんでいる。現在は老人ホーム。楽聖モーツアルトの曾祖父もここに住んでいた。父親のレオポルドが生まれた家はマクシミリアン通りを北にむかい、大聖堂をすぎてしばらくいったカロリーネン通りにある。現在はモーツアルト博物館になっている。

 

ハンドヴェルカー・ヴェーク(手工業者の道)とレッヒ運河

 町は高台と低地に分かれていて、低地には運河がながれている。運河にそって伝統的な彫金、冶金、彫刻、絵画、織物の店がならび、散策をするとなかなかたのしい。中世の昔より織物業者や銀細工師、皮のなめし業者たちが密集していた。運河の水は水車をまわし、廃棄物を町の外にはこびだす役目をはたしていた。

 

聖ウルリッヒ教会と聖アフラ教会

 マクシミリアン通りの南のはずれにある。聖ウルリッヒと聖アフラの2つのカトリック教会が、小さな新教の教会(こちらも聖ウルリッヒ)と合体しているめずらしい教会建築。

 

聖アンナ教会

 フッガー家の壮麗な地下霊廟がある。ルターは審問をうける間、この教会の僧房で寝起きした。

 

 

知識を深めたい方へ

河出書房新社、「ドイツ古都物語」「ドイツ名景の旅」

日経BP社、「南ドイツ・バイエルン州」「ドイツの田舎町」

 

 
 
マップ




フォトギャラリー




フッガーハウス女性の中庭



世界最初の社会福祉住宅フッゲライ



レーオポルト・モーツァルト



職人の中庭

  © 2008 ドイツ歴史古都連盟    連絡先