|
|
|
 |
 |
 |
Tourist-Information
Altes Rathaus
93047 Regensburg
Germany
Phone: +49-(0)941-5 07-44 13
Fax: +49-(0)941-5 07-44 18
tourismus[at]regensburg.de
www.regensburg.de
|
|
 |
|
 |
| |
ローマの砦として
ローマ軍団の最前線の砦カストラ・レギナとしてスタート。紀元179年の皇帝マルクス・アウレリウスの時代、ローマは辺境のゲルマンの部族とドナウをはさんで死闘をくりかえしていた。砦の名ごりは町に数か所のこっているが、ドナウ川畔にある北門(ポルタ・ブレトリア)がわかりやすい。石壁に小さな門がうがたれている。
ドナウの水運
中世になると、ドナウの水運が町の発展に大きく寄与した。交易の中心地となり、通商ルートはウクライナのキエフまでつながった。南ドイツの塩坑で生産された塩も、船で北ヨーロッパ各地に運ばれた。中世の塩は「白い黄金」といわれるほど高価な商品だった。船荷の積みかえ地となった理由は、レーゲンスブルクから20キロほど上流が断崖絶壁になっているからだった。ここは陸路をつかわざるをえない。そこで大量の荷の積みかえ、荷積みがこの町でおこなわれた。運送業者、荷役の作業員、船乗り、商人たちで町はにぎわい、倉敷料やなにやで町はうるおった。旧市街の橋のたもとに、かつての塩の倉庫ザルツ・シュターデルがのこっている。町には金があった。だから神聖ローマ帝国の皇帝たちも、よくおとずれた。16世紀の皇帝カール5世は、小町娘とのロマンスをのこしている。2人の間に生まれた息子は、皇子ドン・ファン・カルロスとなり、オスマン・トルコの大艦隊を撃破して勇名をはせた(レパント沖の海戦、1571年10月7日)。
最後の神聖ローマ帝国議会
最後の帝国議会も、ここでひらかれた(1803年)。800年つづいた帝国は決まった首都をもたず、帝国議会はもちまわりで選ばれた町でひらかれていた。神聖ローマ帝国は19世紀にはいって600年目に、時代の主役ナポレオンから息の根をとめられた。帝国崩壊の機会をのがさなかったプロイセン、バイエルン、バーデンの3つの王国は、ナポレオンと取引きをして、領土をひろげた。レーゲンスブルクはバイエルン王国に吸収された。
映画「シンドラーのリスト」で有名になったオスカー・シンドラーは、この町で晩年をすごしている。旧市街にシンドラーの住んだ建物がある。
20世紀になると大学が創設され、工場も誘致され、町はあたらしい発展の道をあゆんでいる。
|
|
 |
|
 |
|

|
| |
|